私がカナダへワーキングホリデーを使ってどのように1年間過ごしたかをお伝えします!
ワーキングホリデーとはその名の通り、学べる!働ける!遊べる!
ワーキングホリデー(以下ワーホリ)とはワーホリのビザを取ると1年間現地で働くこともできるし、学校にも行け、旅行もできるという夢のようなビザです。
私が利用した時は、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、韓国の4カ国だった記憶がありますが、今や26カ国もいけるのですね。(現在はコロナの状況もありますし確認要)
年齢に制限があり18歳〜30歳までの人が利用できます。私が利用した時は確か31歳の誕生日までに入国すれば良かった記憶があり、私は30歳で利用したのでいわゆるギリホリですね。
そのころは今のようにインターネットがメジャーではなかったため、ワーホリの地球の歩き方を購入し、その中にあるオススメの学校へファックスで申し込みをしました。
今ではワーホリ協会もありますし、誰にも頼ることなく一人で完結できそうですね。
ワーホリを使ったカナダでの1年間の過ごし方
ブリティッシュコロンビア州のウィスラーにある語学学校で1ヶ月勉強
まず最初の1ヶ月はブリティッシュコロンビア州のウィスラーというスキーができるリゾート地の中にある語学学校に午前中は学校、午後からはスキーをするという生活を送りました。
午後からスキーというのは夫の生活で(夫婦でワーホリしました)私はどちらかというとスキーをしたり学校仲間とお茶したり半々でした。
ウィスラーからビクトリアへ 10ヶ月間レストランで働く
その後は同じ州のビクトリアに移り10ヶ月間、日本食レストランでウエイトレスをしました。
ビクトリアはバンクーバーからフェリーで約2時間半ほどの島です。島といってもダウンタウンもありお店も大学もあり田舎すぎず暑くもなく寒くもない(冬は上着必要)花が溢れる素敵な街でした。
ビクトリアのダウンタウンです。このすぐ近くの日本食レストランで働いていました。ここから自転車で10分ほどのところにホームステイしていました。ホームステイはウィスラーの語学学校で知り合った人が紹介してくれラッキーでした。
レストランのボスは日本人ですがお客さんは8割がカナダ人、2割がアメリカ人、日本人、中国人でした。11時に仕事に入り2時に一旦休憩、買い物したり友達とお茶したりする日もありましたが、大体が近くのスタバで英語の勉強をしていました。(日本のスタバよりサイズ大きく値段も安かったです!)
ネイティブと話したかったので近くのスーパーの掲示板に、私も日本語を教えるので英語を教えてくださいという、いわゆるエクスチェンジレッスンの募集を貼り、まもなく見つかり週に1度ドーナツ屋さんで勉強しあいました。
ウエイトレスはチップももらえるので収入も増え、銀行に口座を作り数十万ですが定期預金もできました。
最後の1ヶ月はVIA鉄道で忘れられない旅を経験
カナダに来たなら絶対にお勧めしたいのはVIA鉄道を使ってカナダを横断することです。
私は始発駅のバンクーバーから、ジャスパー、エドモントン、トロント、オタワ、モントリオール、ケベック、ハリファックスに途中下車し、それぞれ数日泊まりました。ハリファックスからはバンに乗り換えPEI(プリンスエドワードアイランド)まで行き、帰りはバンクーバーまでノンストップで帰ってきました。ノンストップで約3日間かかります。その間はお風呂に入れなかったので夏はオススメできません。
バンクーバーはレストランが多くなんでもあり過ごしやすい
バンクーバーはアジア人が多かったのでレストランも日本食も沢山あり、都会で便利です。
バンクーバーでは大好きなバックストリートボーイズのコンサートにも行きました。
VIA鉄道の始発駅でもあります。
ジャスパー駅は山の中の駅。山が大きすぎて言葉を失う
ジャスパー駅で降りましたが目の前が山で、それが大きすぎて言葉を失いました。ここではレンタカーを借りて国立公園へ行き氷河を見ました。(事前に国際免許証を取ってくださいね)野生のムース(トナカイ?)もおり、とにかく自然に圧倒されました。
エドモントンは都会すぎず田舎すぎず
ジャスパーの次はエドモントンに泊まりました。毎回、駅に着いたら宿を探すという(ネットではなく電話)方法でしたがオフシーズン(10月後半)だったため、割とすぐ宿が見つかりました。
エドモントンではイオンモールのようなショッピングモールがありぶらぶらしたくらいです。
都会すぎず田舎すぎない印象ですがジャスパーのような大自然を見た後だったのであまり印象もないです。
トロントといえばCNタワー
トロントでは1泊しかしなかったのできちんと観光はしていませんが、CNタワーには訪れました。
トロントといえば、世界中の国からの移民が多い街と言われていますが、割とどこにでもあるチャイナタウンをはじめ、リトルイタリー、グリークタウン、ポルトガルヴィリッジなど次回はぜひ訪れてみたいです。
オタワは英語とフランス語が融合された首都
トロントまでは看板が主に英語だったのがオタワに入った途端、英語とフランス語の2表記となりびっくりした記憶があります。カナダでは大統領になる人は英語とフランス語が堪能でなくてはならないと聞きましたが納得です。
オタワにあるカナダの国会議事堂です
モントリオール、ケベックはフランス圏の街
モントリオールの方が都会でケベックはこじんまりした街でしたが両方とも建物がヨーロッパを思わせる(行ったことありませんが)重厚な造りで石畳の道路がとても印象的でした。
英語で道を尋ねたら、「I can’t speak English.」と地元の人に恥ずかしそうに言われてしまいました。
お店に入ると「ボンジュール」と挨拶され、同じカナダ国内でこんなにも違うのだと驚きでした。
ケベックでのB &Bのオーナーが本当にいい人で料理も美味しく、もう一度宿泊したい街です。
ハリファックスにはタイタニックの博物館がある
ハリファックスには私の大好きな映画、タイタニック号についての博物館があります。
タイタニック号が沈没した場所に近いということで博物館ができたそうです。
私も訪れましたが映画を思い出させるし詳細を知ることもでき、素晴らしい博物館でした。
終着点はプリンスエドワードアイランドで赤毛のアンを想う
ハリファックスからは電車ではなくバンに乗ってPEIを訪れました。
赤毛のアンが舞台になった島です。赤毛のアンの家、お化けの森、博物館と赤毛のアンに関するものがあるくらいで本当に田舎な島でした。
赤土がとても綺麗で島を印象付けていました。
博物館では赤毛のアンのカツラと衣装があり、それを着て写真を撮りました。
いい思い出です。
もう一度行けるものなら行きたいワーホリ
なぜ、私はワーホリに行ったのか。
それはワーホリにいく数年前にアメリカへ4ヶ月短期留学しましたが自分の思う英語力がつかず、もう一度行きたいと思っている間に結婚をし、夫が何ヶ月も休みがないブラック企業で心が壊れていったので、思い切って二人で仕事をやめ、カナダへワーホリに行きました。
あの時の1年間は本当に人生で一番豊かな時間だったと思います。
そして、日本から離れて初めて、日本のことが少し理解できました。
アラフィフになった今、もう一度できるものならワーホリ経験したいです。
もし、今迷っている人がいたら、コロナで延期になっても諦めずに経験して欲しいなと思います。
少しでも参考になれば幸いです。
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